「そろそろ、ふたりでゆっくり旅行でもしようか」
妻にそう声をかけたのは、確か冬の終わりごろだったと思う。結婚して15年以上が経ち、子育ても親の世話も重なる日々の中で、夫婦ふたりだけの旅行なんて、いつ以来だろうか。
行き先を話し合ったとき、すぐに「由布院」という言葉が浮かんだ。妻が以前から「一度でいいから由布院の温泉に泊まってみたい」と言っていたのを覚えていたし、正直、自分も温泉宿でゆっくり過ごしたかった。仕事のストレスが積み重なっていたのもあって、「これは本気で計画しよう」と思った。
福岡空港からレンタカーを借りて、大分・由布院まで自分たちのペースで走る。せっかく1週間もあるんだから、九州をのんびりドライブしながら旅しよう——そんなプランが頭の中で形になっていった。
旅行計画を立て始めてすぐ、最初にぶつかったのが「レンタカー代」の問題だった。
航空券、宿泊費、食事代、観光費用……1週間の旅行となると、出費はけっこうな金額になる。うちは共働きとはいえ、両親の介護関連の出費もあるし、老後の貯蓄もしっかりやっておかないといけない。旅行にポンと大金を使えるほど気楽な家計ではない。
「レンタカーだけでも、できるだけ安く抑えたい」というのが、計画段階での正直な気持ちだった。
でも「安さ」だけで選ぶのも不安だった。なにしろ7日間、慣れない九州の道を走るわけだ。万一事故を起こしてしまったら、補償がしょぼかったでは済まない。妻を乗せている以上、そのあたりはきちんと確認しておかなければと思っていた。
それに、もうひとつ気になっていたのが「追加運転者の料金」。妻も運転免許を持っているし、長距離ドライブで自分ひとりが全部運転するのは疲れる。でも、追加運転者の登録にいくらかかるのか、会社によってかなり差があるらしいと聞いていた。
この3つ——料金の安さ、補償内容、追加運転者の費用——が、今回のレンタカー選びの最重要ポイントになった。
平日の夜、子供たちが寝静まった後、パソコンを開いてリサーチを始めた。
まず比較サイトをいくつか確認した。「福岡空港 レンタカー 7日間」と検索すると、大手から格安系まで、様々な会社が出てくる。料金の幅が思った以上に大きくて、正直驚いた。同じような車種でも、会社によって倍近く違うことがある。
比較サイトで目星をつけた後は、各社の公式サイトに直接飛んで詳細を確認した。料金ページだけでなく、補償内容のページも必ず読み込む。細かい文字でびっしり書かれていて、読み解くのにそれなりの時間がかかるが、ここを読み飛ばすと後悔することになる。
確認したのは主にこの点だ。
まず「免責補償制度(CDW)」の有無と料金。事故を起こしたとき、自己負担額を0円または一定額に抑えられる制度だが、1日あたりの料金が高めの会社もあれば、コミコミで安く設定しているところもある。7日間乗ることを考えると、1日あたり数百円の差が最終的にはかなり大きく響く。
次に「NOC(ノン・オペレーション・チャージ)」。事故や故障があった場合に、車が使えない間の損失補填として請求される費用で、これが数万円になることもある。免責補償に入っていても、NOCがカバーされるかどうかは会社によって違う。安いプランにしたら実はNOCは別途かかった、というケースもあるらしく、要注意だと思った。
そして「追加運転者の料金」。ここが会社によってかなり異なっていて、無料のところもあれば、1名追加するごとに1日あたり数百円かかるところもある。7日間で妻を追加運転者として登録すると、それだけで数千円変わってくる。
一通り調べた後、気になる会社に直接電話して確認した。「補償内容についてもう少し詳しく教えてもらえますか」と聞くと、担当者がていねいに説明してくれた。やっぱり公式サイトだけでは読み取れない部分もあって、電話で確認して良かったと思った。
最終的に選んだのは、大手チェーンではなく、福岡空港近くの格安レンタカーだった。
比較した中で、7日間の総額が最も安いラインにあったこと、追加運転者の登録料が無料または格安だったこと、そして補償プランがわかりやすくパッケージ化されていたことが決め手だった。
車種は、妻と2人の旅行だが、荷物が多いのでコンパクトカーよりも少しゆとりのある車にした。1週間分の着替えに加えて、温泉グッズやお土産を入れることを考えると、トランクが広い方が絶対にいい。最終的に普通サイズのセダンかミニバンのようなタイプを希望して、空港でいくつかの選択肢から選んだ。
受け取り当日、スタッフが車の状態を一緒に確認しながら、傷や汚れの確認作業を丁寧にやってくれた。「ここにもともと小さな傷がありますね」と指摘してくれて、その場で書類に記録してもらった。こういう確認作業はしっかりやっておかないと、返却のときにトラブルになることがあると聞いていたので、自分でもスマホで写真を撮っておいた。
福岡空港を出発して、高速道路に乗る。九州自動車道から大分自動車道へ——見慣れない景色の中を走っていると、なんだか気持ちが軽くなっていくのを感じた。
妻が助手席で地図アプリを確認しながら「次のインターで降りるね」と言う。こういう旅の空気感が、普段の生活の中ではなかなか味わえないものだと、改めて思う。
大分自動車道を降りてしばらく走ると、緑の山並みの中に由布院の町が見えてくる。由布岳を背景に、のどかな田園が広がる風景。都内の忙しない空気とは全然違う、静かで穏やかな時間が流れている。
宿にチェックインして、まず大浴場へ。露天風呂に浸かりながら、ぼんやりと空を見ていると、こんなに肩の力が抜けたのはいつ以来だろうと思った。妻も「来て良かったね」と笑顔で言っていた。その言葉が素直に嬉しかった。
由布院を拠点に、周辺を自由に動けたのはレンタカーのおかげだった。
宿のそばを散策するだけでなく、少し足を延ばして別府の地獄めぐりにも行ってみた。公共交通機関だとバスの時刻表に縛られるが、車があれば自分たちのペースで動ける。「もう少し見ていたいね」と思ったら、そのまま時間を延ばせばいい。「あそこのお店に寄ってみようか」と思ったら、どこにでも立ち寄れる。この自由さが、旅の満足度を大きく上げてくれたと思う。
妻とふたりで運転を交代しながら走ったのも、いい思い出になった。彼女は普段、都内ではほとんど運転しないが、九州の広い道は走りやすいと言っていた。追加運転者として登録しておいて本当に良かった。
帰りの福岡空港でレンタカーを返却するとき、スタッフが改めて車の状態を確認してくれた。「問題ありませんね、お疲れ様でした」と言ってもらったときの安心感は、なかなかのものだった。
今回の旅を振り返ると、レンタカー選びに時間をかけて良かったと思う。
安さだけで飛びつかずに、補償内容をきちんと比較したこと。追加運転者の費用を事前に確認して、ちゃんと登録しておいたこと。傷の確認を丁寧にやって写真を残しておいたこと。それらの事前準備があったから、旅の7日間を気持ちよく過ごせた。
「格安レンタカーは不安」という先入観があったが、サービスの質も対応も十分だったし、なにより費用を抑えた分、食事や宿泊を少し良いところにできた。それがトータルの旅の満足度を上げてくれたと感じている。
夫婦ふたりで、久しぶりにゆっくりできた1週間。
温泉の湯気の向こうに見えた由布岳の輪郭が、いまでも目に浮かぶ。次はどこへ行こうかと、妻とすでに話し始めている。
また福岡空港でレンタカーを借りて、どこかへ走り出したい。そんな気持ちが、旅から帰ってきた今も、じわじわと続いている。